クライミングの指導を初心者の方にする際に、静止してバランスを取る方法を教えている場面を目にすることがありますが、崩れたバランスを利用したり、わざとバランスを崩すことで効率よく楽に登れることを知っていますか?
もしも、1手1手静止してバランスを取る意識で登っているのであれば、もっと効率よく楽に登れる可能性があります。
例えば、歩く動作が上手な人は、体を傾けてバランスを崩すことで生まれる力を連続的に活用することで、推進力に変えて前に進んでいます。クライミングも体の動きを同じ視点で組み立てることで、効率よく登っていくことができます。
この記事では、バランスの崩れと脱力を活用して効率よく登るための考え方や視点について書いていきます。この推進力を使いこなすことが出来れば、更なる省エネ登りが出来るようになると思います。
ライター:諦めない男 つるぎ
バランスの崩れと脱力の活用で推進力を作る
結論から書きます。
クライミングをしている時、クライマーのバランスが崩れると、自然の摂理によってバランスを回復しようとする力が働きます。この力は、バランスが取れる方向へ重心を移動させようとします。ムーブの大半ではこの力に対抗するために、体幹や手足の保持力などで耐えながら次のホールドを取りにいきます。
バランスの崩れを利用して推進力を作るためには、自然の摂理によるバランスを回復しようとする力に抵抗するのではなく、あえて脱力してその力を開放します。その結果起こる重心移動を、次のホールドを取りにいくための推進力に変えることで、クライマー自身の出力を最小限にしながら登ることができるようになります。
以下では、バランスの崩れと脱力で作る推進力について歩く動作を例に説明した後、クライミング中にバランスの崩れを推進力として使って進むための流れを解説していきます。
バランスの崩れと脱力で作る推進力の例
まず、バランスを崩して推進力に変える動作のイメージを持ってもらうために、歩く動作を例に解説します。
歩き出しの際、体を前に傾けて踏ん張る力を脱力することで、バランスが崩れて前方へ倒れ込む推進力が生まれます。倒れないように足を前に出して着地すると同時に、逆の足を前に出すことで推進力を活かして進むことが出来ます。一度動き出すと、【体を前に傾けて足を前に出し続ける】 これを止めない限り、止まることなく進んでいくことができます。
着目すべきは、体を前に傾けることでバランスが崩れて、前へ倒れ込もうとする力が働きます。その力を脱力して開放し、足を前に出すことで倒れ込む方向へ生まれた力を、前方へ進む推進力に変えている点です。
バランスの崩れを推進力に変えて進む 3ステップ
基本的にクライミングは、バランスの崩れを正そうとする自然の摂理に逆らいながら登って行くことになります。耐えることを止めて脱力すると、重心はバランスが安定する方へ向かって動く力を得ます。使いどころを見極めて、その力をうまくコントロールできれば、次のホールドを取るための推進力に変えることができます。
バランスの崩れには、大きく2つあります。ルートや課題で設定されたホールドの位置関係によってバランスを崩されるケースと、自ら故意にバランスを崩すケースです。
これらのケースは、バランスが崩れた後の活用内容は同じになるため、この記事では使用頻度の高い、自らバランスを崩して推進力を作るケースに絞って解説していきます。
下記1~3は、クライミングをしている時にバランスの崩れを推進力に変える流れになります。
- バランスの崩れから作り出せる推進力を把握する。
- 推進力を進みたい方向へコントロールする事、作り出した推進力を可能な限り活かしながら進む事を念頭に置いてムーブをイメージする。
- そのムーブが効果的か、再現可能かを判断して実行する。
バランスを崩す具体的な例ごとに、上記の流れ 1~3 について解説していきます。
例1)両足を同じぐらいの高さで均等に開いて、安定して立っている状態から左足に重心を移してバランスを崩した。
- 両足の中央で安定していた重心がバランスを失うため、脱力することで中央へ戻るために右方向への推進力が生まれる。
- 【前提条件:次に取るべきホールドは右上にあるとした場合】
左足に重心を移した後、右方向(右足)に重心移動を行い、重心移動の軌跡が弧を描くように上方向へ推進力をコントロールして右上のホールドを取る。ホールドを取りに行った勢いを活用して、左足を次のスタンスホールドへ上げる。 - 現在乗せているスタンスからで十分届く距離、且つムーブの難易度も低く十分成功できると判断して実行した。
例2)ハイステップで右足に乗り込んだ際、上昇の反動を利用して左足を脱力して下へ垂らすことでバランスを崩した。
- ハイステップムーブで高い位置のホールドに右足で乗り上がる際、左足に上昇の反動を加え、脱力して下へ勢いよく垂らすことで、ホールドに乗り込んだ後に左足を上昇させるための推進力を作ることができる。
- 【前提条件:次に取るべきホールドは左上にあり、次に左足を置くスタンスホールドはハイステップしたスタンスホールドの左上付近にある状況。更にその上部に左手で次に取るホールドがある場合】
下に垂らした左足に反動を加えて上方向への推進力を作り、一気に左上のスタンスに上げる。更に左足をスタンスに乗せた勢いを利用して左足に重心を移しながら上昇して、上部のホールドを取りにいく。 - 左足の上昇時と下に垂らした際の反動を加える動作にコツがいるが、出来ると判断して実行した。
※ 実際の左足の動きと反動を加えるタイミングについて:左足を下に勢いよく垂らすと下肢点から弧を描いて右方向へ左足は流れる。左足が右へ流れ切ったところでタイミングよく反動を加える
例3)次のホールドを取るために左足のスタンスへ乗り込む際、そのスタンスホールド上で体が左側へ傾く勢いで乗り込み、バランスを崩した。
- スタンスホールド上で左側へ体が傾けるように乗ることで、クライマーは力を使わずに左へ進む推進力が作れる。
- 【前提条件:この後取るべきホールドは左方向に3つ連続していて、3つ目のホールドでクリップする場合】
左足のスタンス上で左側にゆっくり倒れこみながら1つ目のホールドを保持する。この時、保持手は固定するように保持せず、手でホールディングして、肘は推進力に合せて伸ばす。体が倒れ込むことで発生する推進力を利用して更に左にある2つ目のホールドまでの距離を縮めて保持する。この時も勢いは完全に止めないようにする。更に左へ移動する推進力として活用して、3つ目のホールドを保持してバランスを取って静止し、クリップ動作を行う。 - 1つ目、2つ目のホールドは動きの中で保持することになるため難易度は上がるが、1つ目と2つ目のホールドを保持してそれぞれ止まることは、完登に向けて致命的なダメージを残してしまう可能性がある状況のため、トライすると判断して実行した。
まとめ
一手一手バランスが取れた状態でスタティックにホールドを取りに行くと、安定感もありますし、落ちるリスクがほとんとないので、安全安心を好む多くの人は、無意識のうちにそんなクライミングになっていくんだろうと思います。
特に限界グレードを超える挑戦をする時に、ちょっとでも無駄な力を省いて効率の良い登りを突き詰めると、動きながらのバランス取りや、ホールド操作が有効な場面があります。
また、限界近い状況では、自らの力を必要としない推進力をわずかでも作ることが出来れば、届かなかったあと一手への距離を確実に縮めてくれます。
普段の登りのなかで、バランスを崩して推進力を作る動作を繰り返し行って体に覚え込ませることが出来れば、追い込まれた状況で会心の効果を発揮してくれると思います。
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